林業連携による森林CSR:炭素吸収量増と地域活性化の両立戦略
はじめに:日本の森林と林業が直面する課題、そして企業の役割
日本の国土の約3分の2を占める森林は、地球温暖化対策における炭素吸収源として極めて重要な役割を担っています。しかし、多くの人工林が本格的な利用期を迎える一方で、林業従事者の高齢化や後継者不足、木材価格の低迷などにより、森林所有者による適切な管理が十分に行き届かない地域が増加しています。間伐の遅れや放置された森林は、炭素吸収能力の低下だけでなく、土砂災害のリスク増加や生物多様性の喪失など、多面的な機能の低下を招きます。
このような状況の中、企業のCSR活動やESG経営において、森林保全や適正な森林管理への貢献はますます重要になっています。特に、森林による炭素吸収量を高めるためには、単なる植林活動に留まらず、日本の森林の現状、特に林業が抱える課題に目を向け、その解決に貢献するアプローチが求められています。
本稿では、企業が日本の林業と連携することの意義、それが森林の炭素吸収量向上にどのように繋がるのか、そして地域活性化との両立戦略について、CSR担当者の皆様が具体的な取り組みを検討する上で参考となる情報を提供します。
日本の林業の現状と森林吸収力への影響
日本の林業は、戦後集中的に植林された人工林が利用期を迎える「緑の資源」が豊富にある一方で、産業としては厳しい状況に置かれています。
- 担い手不足と高齢化: 林業従事者の数は減少し続け、高齢化が進んでいます。これにより、伐採や再造林といった必要な作業が滞る要因となっています。
- 木材価格の低迷: 安価な輸入材との競争などにより、国産材の価格は長期的に低迷傾向にあります。これにより、森林所有者は適切な管理に費用をかけるインセンティブを失いがちです。
- 森林の荒廃: 管理が行き届かない森林では、立木が過密になったり、病虫害が発生したりしやすくなります。若い、成長盛りの森林ほど炭素吸収能力が高い傾向にあるため、管理放棄された高齢林や荒廃林は吸収能力が低下します。
これらの課題は、結果として森林によるCO2吸収量に直接的に影響します。林野庁のデータなどに基づけば、森林吸収量は適切な森林施業(植栽、下刈り、間伐、主伐、再造林)が行われることで維持・向上が図られることが示されています。林業の衰退は、この適切な施業の実施を困難にしているのです。
企業が林業と連携する意義:多角的なメリット
企業が林業と連携した森林CSRに取り組むことは、炭素吸収量向上のみならず、多岐にわたるメリットをもたらします。
1. 森林吸収力の向上と脱炭素目標への貢献
林業との連携を通じて、企業の資金や人的リソースが、間伐や主伐後の再造林など、森林の若返りや適切な循環につながる施業に活用されます。これにより、森林全体の成長量が増加し、結果として炭素吸収量の増加に貢献できます。これは、企業のカーボンニュートラル目標達成に向けたオフセットやインセット(自社の事業活動やサプライチェーン内での削減・吸収)戦略において、信頼性の高い吸収源を確保する一つの方法となり得ます。
2. 地域社会・経済の活性化
林業は中山間地域の基幹産業の一つです。企業が林業事業体や森林組合と連携することで、地域での雇用創出、新たなビジネス機会の創出、地域資源(木材、林産物)の活用促進に繋がります。これは、企業の「地域貢献」というCSRの側面を強化し、地域住民からの信頼獲得にも寄与します。
3. サプライチェーン強靭化と持続可能な調達
国産材の積極的な利用は、サプライチェーンにおける森林関連リスク(違法伐採リスクなど)を低減し、持続可能な資源調達に貢献します。また、国内の林業基盤を強化することは、地政学リスクや国際情勢の変化による海外からの木材供給途絶リスクへの対応力も高めます。
4. 企業イメージ向上と従業員エンゲージメント
林業連携を通じた具体的な森林保全活動は、企業の環境意識の高さを示す強力なメッセージとなります。また、従業員が森林での活動(植栽体験、間伐体験など)に参加することで、環境問題への意識向上、チームビルディング、ウェルビーイング向上にも繋がり、従業員のエンゲージメントを高める効果が期待できます。
5. ESG評価の向上
環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)の視点から企業価値を評価するESG投資において、森林関連の取り組み、特に地域社会との連携や持続可能な資源利用への貢献は重要な評価項目となり得ます。林業連携は、これらの評価軸において企業のポジティブな側面を効果的に示すことができます。
具体的な林業連携の形態
企業が林業と連携する方法は多岐にわたります。企業の規模や業種、目的、予算に応じて様々な形態が考えられます。
- 森林整備への直接的な支援: 森林所有者や林業事業体と協定を結び、間伐や再造林にかかる費用の一部負担や、従業員によるボランティア活動(植栽、下草刈りなど)を実施します。
- 国産材の利用促進: 自社製品の素材、梱包材、あるいはオフィスや工場建設・改修時の建材として、積極的に国産材や森林認証材を利用します。国産材の利用は、林業の収益向上に直結し、適切な森林管理を持続可能にする基盤となります。
- 林業事業体への投資・出資: 林業事業体の設備投資や技術革新を支援することで、生産性の向上や付加価値の高い木材生産を後押しします。
- J-クレジット制度等の活用を通じた連携: 森林管理によるCO2吸収量をJ-クレジットとして認証取得するプロジェクトに参画または支援し、地域が獲得したクレジットを企業が購入することで、林業・森林所有者に還元し、次の施業への資金とする循環を創出します。
- 新たな林業ビジネスの共同開発: 木質バイオマス発電、CLT(直交集成板)利用拡大、森林ツーリズム、森林環境教育プログラムなど、林業の多角化や新たな付加価値創造を林業事業体と共同で検討・実施します。
連携を成功させるための留意点
林業連携による森林CSRを効果的かつ持続可能なものとするためには、いくつかの留意点があります。
- 林業・森林に関する専門知識の尊重: 林業は地域特有の自然条件や慣習、専門技術に根ざした産業です。連携にあたっては、林業事業体、森林組合、森林コンサルタント、研究機関などの専門家の知見を尊重し、密なコミュニケーションを図ることが不可欠です。
- 長期的な視点でのコミットメント: 森林は世代を超えて引き継がれる資源であり、森林施業の効果が現れるまでには長い年月がかかります。企業も短期的な成果だけでなく、数十年といった長期的な視点を持って連携に取り組む姿勢が重要です。
- 地域住民・森林所有者との合意形成: 連携の対象となる森林の所有者や地域住民の理解と協力なしには、効果的な活動は行えません。地域のニーズや意向を丁寧に把握し、信頼関係を構築することが成功の鍵となります。
- 効果測定と情報開示: 連携活動が森林の炭素吸収量や地域社会にどのような影響を与えているのか、可能な限り客観的に測定・評価し、ステークホルダーに対して透明性高く報告することが求められます。
まとめ:林業連携は企業の未来を切り拓くCSR戦略
日本の森林が持つ炭素吸収能力を最大限に引き出し、持続可能な形で未来に引き継いでいくためには、林業の活性化が不可欠です。企業が林業と積極的に連携することは、単に環境保全に貢献するだけでなく、地域社会への貢献、サプライチェーンの強化、企業価値の向上など、多様なメリットを享受できる戦略的なCSRアプローチと言えます。
CSR担当者の皆様には、日本の林業が抱える課題を理解し、自社の事業やリソースを活かせる連携の可能性をぜひ検討していただきたいと思います。専門家や地域と密に連携し、長期的な視点で取り組むことが、企業と森林、そして地域社会の持続可能な未来を共に創造していく鍵となります。