企業CSRにおける森林の生物多様性保全:貢献の意義と実践への示唆
はじめに:なぜ企業CSRに森林の生物多様性保全が重要なのか
近年、気候変動対策としての炭素吸収源への注目に加え、森林が有するもう一つの極めて重要な機能である「生物多様性の保全」への関心が高まっています。森林は多種多様な生物の生息・生育環境であり、生態系の基盤を支える役割を担っています。この生物多様性の損失は、気候変動と並ぶ地球規模の喫緊の課題であり、企業活動にも様々な形で影響を及ぼします。
企業のCSR(企業の社会的責任)活動において、森林における生物多様性保全に取り組むことは、単なる社会貢献に留まらず、企業のリスク管理、レピュテーション向上、従業員のエンゲージメント強化、そして持続可能なサプライチェーンの構築に不可欠な要素となりつつあります。特に、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)への関心の高まりは、自然資本や生物多様性に関する情報の開示が、企業の財務リスクや機会を評価する上で不可欠であることを示唆しています。
本稿では、企業がCSRとして森林の生物多様性保全に取り組むことの意義を改めて確認し、具体的な実践方法や関連する動向について、CSRご担当者様にとって有益となる視点から解説いたします。
森林と生物多様性:豊かな生態系がもたらす恩恵
生物多様性とは、地球上の多様な生き物とその生態系、そして遺伝子の多様性のことを指します。森林は陸上の生態系において、最も豊かで複雑な生物多様性を育む場所の一つです。樹木の種類、林齢構成、林床植生、水源との関係などが組み合わさることで、様々な生物が生息できる環境が生まれます。
日本の森林は、その地理的・気候的多様性から、固有種を含む多様な生物が生息しています。特に、古い森林や、広葉樹林、湿地を含む森林などは、高い生物多様性を持つ傾向があります。これらの森林生態系が健全に機能することで、炭素吸収・貯蔵だけでなく、水源涵養、土砂災害防止、木材生産、文化・レクリエーションの場の提供など、私たちの社会や経済活動を支える多様な「生態系サービス」が供給されます。
しかし、不適切な森林管理、開発行為、気候変動、外来種の侵入などにより、森林の生物多様性は危機に瀕しています。生物多様性の損失は、生態系サービスの質の低下や停止を招き、最終的には企業の事業継続性にも影響を与えかねません。
企業が森林の生物多様性保全に貢献する意義
企業が森林の生物多様性保全にCSRとして取り組むことには、多岐にわたる意義があります。
1. リスクの低減と機会の創出
- 自然関連リスクへの対応: サプライチェーンにおける森林減少・劣化、水源枯渇、土砂災害リスクなど、自然資本や生物多様性の損失に関連するリスクを特定し、軽減するための取り組みは、事業のレジリエンスを高めます。TNFDフレームワークへの対応準備としても重要です。
- 法的・規制リスク: 生物多様性に関する国内外の法規制強化への対応がスムーズになります。
- 新たなビジネス機会: 生物多様性に配慮した製品・サービスの開発、環境技術への投資、エコツーリズムなど、新たなビジネス機会を創出する可能性があります。
2. 企業価値・レピュテーションの向上
- ブランドイメージ向上: 生物多様性保全への貢献は、環境意識の高い消費者やステークホルダーからの信頼を得ることに繋がり、企業イメージやブランド力の向上に貢献します。
- 従業員エンゲージメント: 環境保全活動への参加機会は、従業員の環境意識を高め、企業への誇りや貢献意欲を醸成します。
- 投資家からの評価: ESG投資において、生物多様性への配慮は重要な評価軸の一つとなっており、資金調達の円滑化や企業価値の向上に繋がります。
3. 持続可能な社会への貢献
- 地域社会との連携強化: 森林保全活動は地域住民やNPO/NGOとの協働を通じて行われることが多く、地域社会との良好な関係構築や活性化に貢献します。
- 生態系サービスの維持: 森林の生物多様性保全は、豊かな水資源や健全な生態系を維持し、将来世代もその恩恵を受けられる持続可能な社会の実現に貢献します。
企業に求められる実践方法
企業が森林の生物多様性保全に具体的に貢献するためには、以下のようなステップや取り組みが考えられます。
1. 自社事業と森林・生物多様性との関連性評価
まずは、自社の事業活動が森林や生物多様性にどのような影響を与えているか(依存および影響)を評価することから始めます。原材料の調達(木材、紙、パーム油など)、工場の立地・排水、物流、製品の使用・廃棄など、サプライチェーン全体で自然への関わりを分析します。このプロセスは、TNFDが開示を推奨するLEAPアプローチ(Locate, Evaluate, Assess, Prepare)なども参考になります。
2. 具体的な取り組みの実施
関連性の評価に基づき、優先度の高い領域から具体的な取り組みを進めます。
- 森林保全・再生への参画:
- 自社林での生物多様性に配慮した森林管理(広葉樹の導入、皆伐面積の縮小、水源林の保全など)。
- 国内外での植林、育林、間伐などの活動への資金提供や従業員の参加。
- 森林に関する専門知識を持つ団体(NPO、研究機関など)との連携や支援。
- サプライチェーンにおける配慮:
- 森林認証材(FSC認証、PEFC認証など)や持続可能性に配慮した原材料の優先的な調達。
- 違法伐採された木材を使用しない方針の徹底。
- サプライヤーへの働きかけや協働による環境負荷低減。
- 環境教育・啓発:
- 従業員向けの森林環境教育プログラムの実施。
- 消費者や地域住民向けの生物多様性に関する啓発イベントの開催。
- 生態系に配慮した事業運営:
- 事業所の緑地における在来種を用いた緑化やビオトープ整備。
- 水源保全に向けた取り組み。
3. 目標設定と効果測定、情報開示
取り組みの成果を明確にするためには、定量的・定性的な目標設定と、その達成度を測るための効果測定が不可欠です。
- 目標設定: 例として、「〇年までにサプライチェーンにおける認証材比率を〇%にする」「保有林の生物多様性指標を〇%向上させる」「〇ヘクタールの森林再生に貢献する」などが考えられます。
- 効果測定: 生物多様性の状態を直接的に測定することは高度な専門性を要する場合が多いですが、専門家や研究機関と連携することで、指標の設定やモニタリングが可能になります。また、活動量(植林面積、参加者数など)や、生物多様性への影響を評価するツール(例:統合的な生物多様性評価ツール)の活用も有効です。
- 情報開示: CSR報告書や統合報告書において、目標、取り組み内容、成果、関連するリスクと機会について透明性高く開示します。TNFDフレームワークなどを参考にすることで、投資家などからの信頼性を高めることができます。
関連政策と今後の展望
近年、国際的にも国内的にも生物多様性保全に向けた動きが加速しています。2022年末に採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組」では、2030年までに生物多様性の損失を止め、回復軌道に乗せる「ネイチャーポジティブ」の実現が掲げられました。これを受け、日本でも「生物多様性国家戦略」が見直され、企業を含む各主体に生物多様性の主流化への貢献が求められています。
また、前述のTNFDからの提言は、企業が自然関連情報を財務情報と統合して開示する流れを加速させるでしょう。これにより、森林を含む自然資本への企業活動の依存と影響を評価し、適切な管理を行うことが、投資判断においてもますます重要視されるようになります。
企業CSRとして森林の生物多様性保全に取り組むことは、これらの国際的・国内的な潮流に沿うものであり、企業の持続可能性を高める上で不可欠な戦略となりつつあります。
まとめ
森林の生物多様性保全は、気候変動対策としての炭素吸収機能の維持・向上と表裏一体の関係にあります。多様な生物が生息する健全な森林は、炭素をより効率的に吸収・貯蔵し、自然災害にも強い傾向があります。企業がCSRとしてこの領域に積極的に貢献することは、生態系サービスの維持を通じて事業活動の基盤を守るとともに、増大する自然関連リスクに対応し、企業価値を向上させるための重要な投資と言えます。
自社の事業と森林・生物多様性との関連性を評価し、専門家や地域と連携しながら、具体的な目標を設定し、効果測定を行いながら取り組むことが求められています。本稿が、CSRご担当者様が森林の生物多様性保全に関する取り組みを検討・推進される上での一助となれば幸いです。