企業CSRに活かす:日本の人工林と天然林、異なる炭素吸収機能の特性比較
はじめに:日本の森林と企業CSR
日本の森林は、国土面積の約3分の2を占める貴重な資源であり、温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)を吸収・固定する重要な役割を担っています。企業にとって、カーボンニュートラルやSDGs達成に向けた取り組みを進める上で、森林を通じた炭素吸収源対策への貢献は、ますますその重要性を増しています。
日本の森林はその成立過程や管理状況によって、大きく「人工林」と「天然林」に分けられます。これらの森林タイプは、それぞれ異なる特性を持っており、特にCO2の吸収・貯蔵機能において違いが見られます。企業の皆様が森林関連のCSR活動や投資を検討される際には、こうした森林タイプごとの特性を理解することが、より効果的で戦略的な取り組みに繋がります。
本記事では、日本の人工林と天然林が持つ炭素吸収機能の特性を比較し、それぞれのタイプに関わる企業CSR活動の意義や留意点について解説します。
日本の森林の現状:人工林と天然林
森林は、人間が植栽した樹木によって構成される「人工林」と、自然に成立・維持されてきた「天然林」に大別されます。
日本の森林面積のうち、約4割が人工林、約5割が天然林(残りは無立木地など)で構成されています。人工林は主に戦後復興期から高度経済成長期にかけて集中的に造林され、スギやヒノキといった針葉樹が中心です。これらの人工林の多くは、現在、木材として利用可能な時期を迎えています。一方、天然林は広葉樹を中心とした多様な樹種で構成され、国立公園内や奥山など、比較的管理が行き届きにくい場所に多く存在します。
人工林における炭素吸収・貯蔵機能の特性
人工林は、特に若齢期から壮齢期にかけての成長が活発な段階で、多くのCO2を吸収します。樹木は成長過程で光合成を行い、大気中のCO2を取り込んで自身の体(幹、枝、根など)に炭素として固定(貯蔵)します。
- 吸収ポテンシャル: 若く健全な人工林は、成長速度が速いため、単位面積あたりの年間CO2吸収量が比較的高い傾向があります。しかし、樹木が成熟し成長が緩やかになると、新たな炭素吸収量(純吸収量)は減少していきます。
- 管理の重要性: 人工林がその吸収能力を最大限に発揮し続けるためには、適切な間伐や枝打ちといった手入れが不可欠です。手入れが行き届かない過密な森林では、光が地面まで届かず下草が生えず、樹木の成長も滞り、結果として炭素吸収能力が低下するだけでなく、健全な森林生態系が維持されにくくなります。伐採期を迎えた木材を持続的に利用し、再植林を行うことで、森林全体の炭素吸収源としての機能を維持・強化することが可能です。
- 炭素貯蔵: 樹木に貯蔵された炭素は、伐採されて木材製品として利用されることで、さらに長期にわたって固定される可能性があります(例:住宅の柱や梁、家具など)。
天然林における炭素吸収・貯蔵機能の特性
天然林は、多様な樹種や生物が生息する豊かな生態系を形成しています。人工林とは異なり、人の手による積極的な管理は比較的少ない場合が多いです。
- 吸収ポテンシャル: 天然林は、人工林のように集中的に高成長する段階を終えている場合が多く、成熟した森林では、新たなCO2の吸収量(成長による吸収)と、古い樹木や枯死木の分解による排出が平衡に近づき、単位面積あたりの純吸収量は人工林の壮齢期に比べて低い傾向があります。しかし、森林全体としては多量の炭素を長期間にわたって「貯蔵」しています。
- 貯蔵量の安定性: 成熟した天然林は、幹や根、さらには土壌中にも大量の炭素を安定的に貯蔵しています。撹乱(山火事、病害虫の大量発生、大規模な風倒木など)がなければ、この貯蔵された炭素は長期にわたり保持されます。
- 多面的な機能: 天然林は炭素貯蔵機能に加え、生物多様性保全、水源涵養、土砂災害防止、レクリエーションの場の提供など、多様な公益的機能に優れています。
人工林と天然林の比較と企業CSRへの示唆
人工林と天然林の特性を理解することは、企業が森林関連のCSR活動を企画・実行する上で非常に重要です。
| 特性 | 人工林 | 天然林 | 企業CSRへの示唆 | | :----------- | :------------------------------------------ | :------------------------------------------------ | :------------------------------------------------------------------------------ | | CO2吸収 | 若齢・壮齢期に高い年間吸収量 | 成熟林では年間純吸収量は緩やか | 新規吸収量を重視するなら人工林への適切な管理支援が有効 | | CO2貯蔵 | 樹木、木材製品 | 樹木、土壌に長期貯蔵 | 長期的な炭素固定・貯蔵を重視するなら天然林保全や成熟林の適切な利用支援が有効 | | 管理 | 定期的な間伐など人為的な管理が必要 | 自然の遷移に委ねられる部分が多い(最低限の保全は必要) | 人工林管理への支援は、雇用創出や地域活性化にも繋がりやすい | | 生物多様性 | 単一樹種が多い場合があり、天然林に比べて低い傾向 | 多様な樹種・生態系を持ち、生物多様性保全機能が高い | 生物多様性保全を重視するなら天然林保全や里山林の多様化への支援が有効 | | 木材利用 | 主に木材生産を目的としており、利用しやすい | 保全対象となる場合が多く、木材利用は限定的 | サプライチェーンでの森林認証材利用は人工林管理の促進に貢献する可能性が高い |
企業が取り組むべき森林関連CSR活動の方向性
上記の比較から、企業の森林関連CSR活動は、その目的によって関与すべき森林タイプやアプローチが異なってくることが分かります。
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新規炭素吸収量の最大化を目指す場合:
- 成長の活発な人工林における間伐支援や、伐採後の再造林支援が効果的です。これにより、森林全体の炭素吸収能力の維持・向上に直接的に貢献できます。
- 適切に管理された人工林はJ-クレジット制度などの対象となりやすく、排出量オフセットに活用できる可能性もあります。
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長期的な炭素貯蔵と多面的な機能の保全を目指す場合:
- 成熟した天然林の保全活動への支援が重要です。大規模な撹乱からの回復支援や、不法投棄防止などの活動は、大量の炭素貯蔵を維持し、貴重な生物多様性や水源涵養機能などの公益的機能の保全に貢献します。
- 天然林に近い里山林など、多様な樹種を含む森林の管理支援は、生物多様性の向上にも繋がり、企業の環境貢献を多角的にアピールできます。
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サプライチェーンにおける貢献を目指す場合:
- FSC®やPEFC™などの森林認証を受けた木材製品を調達・利用することは、持続可能な森林管理(主に人工林)を間接的に支援することになります。これは、森林の炭素吸収源機能の維持・向上にも貢献し、企業活動全体での環境負荷低減を示す重要な取り組みです。
重要なのは、どのような森林タイプに関わるにしても、その活動が科学的な知見に基づいており、現地の森林や地域社会のニーズに合致していることです。信頼できるパートナー(森林組合、林業事業体、NPO/NGO、自治体、研究機関など)と連携し、活動の効果を適切にモニタリング・評価し、透明性を持って情報開示を行うことが、CSR活動の信頼性と効果を高めます。
結論:戦略的な森林貢献のために
日本の森林は、そのタイプ(人工林、天然林)によって炭素吸収・貯蔵機能やその他の公益的機能に違いがあります。企業が森林関連のCSR活動や投資を検討する際には、これらの特性を理解し、自社の経営目標やCSR戦略に最も合致する森林タイプを選定することが、活動の効果を最大化し、企業価値向上に繋がります。
新規の炭素吸収量を追求するなら人工林の適切な管理支援、長期的な炭素貯蔵と多面的な機能(特に生物多様性)を重視するなら天然林の保全支援、サプライチェーンを通じた貢献なら森林認証材の利用促進など、多様なアプローチが考えられます。
日本の森林が持つ潜在力を最大限に引き出し、持続可能な社会の実現に貢献するためにも、森林タイプごとの特性を踏まえた戦略的な森林関連CSR活動の展開が期待されます。
正確なデータや最新の情報については、林野庁が発行する「森林・林業白書」や、国立研究開発法人 森林研究・整備機構のウェブサイトなどを参照されることをお勧めします。