日本の森林が持つ多面的機能:炭素吸収以外の価値と企業CSRへの活かし方
はじめに:森林の多面的機能への高まる関心
地球温暖化対策として、森林による炭素吸収機能への注目が高まっています。しかし、日本の森林は炭素を吸収するだけでなく、私たちの社会や経済活動を支える多岐にわたる重要な役割を担っています。これらの役割は「多面的機能」と呼ばれ、近年、企業活動における環境・社会への配慮(CSR)や持続可能な開発目標(SDGs)の達成という観点からも、その重要性が改めて認識されています。
本記事では、日本の森林が持つ多面的機能について、炭素吸収機能も含めて概観し、これらの機能の保全・維持が企業活動やCSR戦略にどのように貢献しうるかについて考察します。企業のCSR担当者様や環境問題に関心のある皆様にとって、森林に対する理解を深め、具体的な取り組みを検討する一助となれば幸いです。
炭素吸収機能:脱炭素社会への貢献
森林の最もよく知られた機能の一つが、光合成による大気中の二酸化炭素(CO₂)の吸収です。樹木は成長過程でCO₂を吸収し、幹や枝、根などに炭素として固定します。これにより、大気中のCO₂濃度上昇を抑制し、地球温暖化の緩和に貢献しています。
日本の森林は、適正に管理された場合、年間約4,000万トン以上の炭素を吸収していると推定されています(国の算定に基づく)。これは、日本全体の年間総排出量に対して一定の割合を占めるものであり、脱炭素社会の実現に向けた重要な要素です。企業にとっては、サプライチェーンにおける排出量削減努力に加え、森林による吸収量をオフセットや貢献として評価する際に、この炭素吸収機能の理解が不可欠です。
森林の多面的機能とは
森林が持つ多面的機能は、炭素吸収以外にも多岐にわたります。林野庁では、主な機能として以下の要素を挙げています。
水資源涵養機能(緑のダム)
森林の地面は、落ち葉や下草によって覆われ、スポンジのように雨水をゆっくりと地中に浸透させます。浸透した水は地下水となり、長い時間をかけて河川に流れ出します。これにより、渇水を緩和し、洪水を抑制する効果があります。また、地中を濾過されることで水質が浄化されます。この機能は、私たちの生活用水や農業用水、工業用水の安定供給に不可欠であり、「緑のダム」とも称されます。多くの産業にとって、水資源の安定確保は事業継続の基盤であり、水源林の保全は直接的な貢献となります。
土砂災害防止機能・土壌保全機能
森林の根は土壌をしっかりと固定し、雨水による土砂の流出を防ぎます。また、樹冠が雨粒の勢いを弱め、地表への直接的な衝撃を和らげます。これにより、山崩れや地滑り、土砂の流出を防ぎ、下流域の安全を守る重要な役割を果たします。災害リスクの軽減は、社会全体のレジリエンスを高め、企業の事業継続計画(BCP)とも無関係ではありません。
生物多様性保全機能
森林は多様な生物の生育・生息場所を提供し、豊かな生態系を育んでいます。様々な植物、昆虫、鳥類、哺乳類などが相互に関わり合いながら生きています。生物多様性の維持は、生態系のバランスを保ち、人間を含むすべての生命の基盤となります。企業活動においても、生物多様性の保全は、生態系サービスへの依存や影響を考慮する上で重要な課題となっています(例:TNFDへの対応)。
快適環境形成機能
森林は美しい景観を提供し、人々に安らぎや癒しを与えます。また、都市周辺の森林や街路樹は、騒音を和らげ、大気汚染物質を吸着し、ヒートアイランド現象を緩和するなど、生活環境を快適にする効果があります。企業の緑地整備や地域緑化への貢献は、従業員の福利厚生や地域住民との良好な関係構築に繋がります。
保健文化機能
森林でのレクリエーション(森林浴、ハイキングなど)は、心身のリフレッシュに効果があることが科学的にも示されています。また、森林は、地域の伝統文化や歴史と結びついている場合も多く、教育や文化的な活動の場としても活用されます。社員の健康増進プログラムに森林での活動を取り入れたり、地域固有の森林文化の保全を支援したりすることも、企業が行える貢献の一つです。
多面的機能の評価とCSRへの示唆
これらの多面的機能は、市場で直接的に取引される価値(木材生産など)とは異なり、社会全体が享受する「公共財」としての性格が強いです。そのため、その価値を経済的に評価することは容易ではありませんが、近年、これらの機能が失われた場合に発生する経済的損失(水害、土砂災害、水不足による経済活動の停滞など)を推計する試みも行われています。
企業のCSR活動において、森林の多面的機能の保全に貢献することは、単なる環境対策に留まらない、幅広い意義を持ちます。
- CSR報告書の充実: 炭素吸収量だけでなく、水資源涵養、生物多様性保全、地域貢献といった多様な側面での貢献を報告することで、ステークホルダーに対する説明責任を果たし、企業の社会的責任への取り組みの幅広さを示すことができます。
- 非財務情報開示への対応: TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)やTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)といった非財務情報開示の枠組みにおいても、森林の多面的機能、特に水や生物多様性に関するリスクや機会への対応は重要な要素となります。
- ブランドイメージ向上と従業員エンゲージメント: 森林保全活動への参加や支援は、企業の環境意識の高さを示すだけでなく、社員のボランティア参加などを通じて、従業員の環境意識向上や企業への帰属意識を高める機会にもなります。
- リスク管理とレジリエンス: 水源林の保全は水リスクの低減に、防災機能の維持は災害リスクの低減に繋がります。これは企業の事業継続性やサプライチェーンの安定化に間接的に貢献します。
企業が多面的機能保全に貢献する方法
企業が森林の多面的機能保全に貢献する方法は様々です。
- 森林保全プロジェクトへの支援: NPO/NGOや森林組合、自治体が実施する水源林保全、生物多様性調査、里山整備などのプロジェクトへの資金提供や協賛。
- 社有林の適切な管理: 所有する森林を、木材生産だけでなく、多面的機能の発揮を重視した管理計画に基づいて整備・維持。
- 社員ボランティアの実施: 森林での植栽、下草刈り、間伐などの活動への社員参加を促進。企業のCSR活動としてプログラム化。
- 製品・サービスを通じた貢献: 森林認証材の積極的な利用、森林由来の製品開発、森林環境税や森林環境譲与税を活用した取り組みへの連携。
- 研究開発への支援: 森林の多面的機能の評価手法や、効果的な保全技術に関する研究への投資や連携。
これらの活動は、地域の森林所有者や自治体、専門家との連携が鍵となります。自社の事業との関連性や地域特性を考慮し、最も効果的で持続可能な貢献方法を検討することが重要です。国の政策としては、森林環境譲与税が森林整備などに活用されており、自治体との連携機会も存在します。
結論:持続可能な社会の実現に向けた森林貢献
日本の森林が持つ多面的機能は、炭素吸収だけでなく、水、国土保全、生物多様性、快適な環境、そして文化的な側面まで、私たちの暮らしや経済活動の基盤を支えています。これらの機能の低下は、自然災害リスクの増加、水資源の不安定化、生態系の破壊など、深刻な社会・経済的影響をもたらす可能性があります。
企業がこれらの多面的機能の保全に積極的に貢献することは、短期的なコストではなく、長期的な企業価値の向上、ステークホルダーからの信頼獲得、そして持続可能な社会の実現に向けた重要な投資と言えます。炭素吸収量という数値だけでなく、森林の豊かな恵みを理解し、多角的な視点から森林と関わることで、企業のCSR活動はさらに深化し、より大きな社会貢献へと繋がっていくでしょう。
本記事が、皆様の森林の多面的機能への理解を深め、具体的な貢献活動を検討するきっかけとなれば幸いです。