日本の森林における先進技術活用事例:AI・リモートセンシングによる炭素吸収量把握
はじめに:森林炭素吸収量把握の重要性とデータ課題
地球温暖化対策として、森林による二酸化炭素(CO2)吸収の役割は非常に重要視されています。特に日本では、国土の約3分の2を森林が占めており、その適切な管理と吸収量の正確な把握は、国の温室効果ガス排出量削減目標達成において不可欠な要素です。
企業のCSR活動やESG投資の観点からも、森林の炭素吸収に関するデータへの関心は高まっています。自社の排出量オフセット、サプライチェーン上の森林破壊リスク評価、あるいは森林保全活動への投資効果測定などにおいて、信頼性の高いデータが求められています。
しかし、広大な森林の状況を継続的かつ詳細に把握し、炭素吸収量を正確に算定することは容易ではありませんでした。伝統的な手法では、地上調査に多大な時間と労力がかかり、データ取得の頻度や精度に限界がありました。こうした課題に対し、近年、AI(人工知能)やリモートセンシングといった先進技術の活用が進められています。
本記事では、日本の森林におけるAIおよびリモートセンシング技術の活用現状と具体的な事例、これらの技術が炭素吸収量把握にもたらす可能性、そして企業CSR活動への示唆について解説します。
森林管理と炭素吸収量把握における先進技術
リモートセンシングとは、航空機や衛星、ドローンなどに搭載されたセンサーを用いて、対象物に接触することなく情報を取得する技術です。森林分野においては、樹種や樹高、森林の面積、植生密度、さらにはバイオマス量(樹木などの現存量)の推定に活用されています。バイオマス量は、森林が固定する炭素量を計算する上で重要な指標となります。
リモートセンシングの主な手法
- 衛星リモートセンシング: 陸域観測技術衛星「だいち」シリーズなど、様々な衛星からのデータを利用します。広範囲の森林を定期的に観測できる利点がありますが、解像度や天候に左右される場合があります。
- 航空機リモートセンシング: 航空機にLiDAR(ライダー:Laser Imaging Detection and Ranging)センサーなどを搭載し、高密度の3次元データや高解像度の画像を取得します。地形の影響を受けにくく、詳細な森林構造の把握に適しています。
- ドローンリモートセンシング: 小型で柔軟に運用でき、低高度からの非常に高解像度なデータ取得が可能です。特定のエリアの詳細調査や小規模な森林のモニタリングに有効です。
AIによるデータ解析
リモートセンシングで取得された膨大なデータは、AIによって解析されることで、より有用な情報へと変換されます。AIは、画像認識や機械学習といった技術を用いて、以下のような処理を行います。
- 樹種分類: リモートセンシング画像から様々な特徴量を抽出し、樹種を自動的に識別します。
- 樹高・幹直径の推定: LiDARデータなどから個々の樹木の高さを測定し、AIモデルを用いて幹直径や材積(木材の体積)を推定します。
- バイオマス・炭素吸収量の推定: 樹高や幹直径などのデータと、過去の地上調査データや成長モデルを組み合わせ、AIが森林全体のバイオマス量や年間の炭素吸収量を高精度に推定します。
- 森林の変化検出: 定期的に取得されたリモートセンシング画像を比較し、伐採、森林火災、病虫害などによる森林の変化を自動的に検知します。
これらの技術を組み合わせることで、広範囲の森林の状況を効率的かつ高精度にモニタリングし、炭素吸収量をより正確に把握することが可能になります。
日本の森林における先進技術活用事例
日本でも、国や研究機関、自治体、民間企業が連携し、森林分野でのAI・リモートセンシング技術の活用が進められています。
- 森林資源情報の把握: 林野庁では、航空機LiDARデータなどを活用し、全国の森林資源情報を把握する取り組みを進めています。これは森林経営計画の策定や、地域別の森林蓄積量(バイオマスの指標)の把握に役立てられています。
- J-クレジット制度への応用: J-クレジット制度では、森林管理によるCO2吸収量を定量化する際に、地上調査に加えてリモートセンシングデータの活用が一部で導入され始めています。技術の進展により、今後はさらに広く応用される可能性があります。
- 民間企業によるサービス開発: IT企業や測量会社、林業関連企業などが、AIを活用した樹種判別、森林境界の特定、将来の成長量予測、病虫害リスク診断などのサービスを提供しています。これらのサービスは、森林所有者や林業事業体の効率的な森林管理を支援するとともに、企業が自社保有林の炭素吸収量を把握する際にも活用が期待されます。
- 研究機関による先進的な研究: 森林研究・整備機構などの研究機関では、衛星データ、航空機LiDAR、地上レーザースキャナーなどを組み合わせ、機械学習を用いて森林構造やバイオマス量を高精度に推定する手法の研究開発が進められています。
これらの事例は、先進技術が従来の森林管理の課題を克服し、よりデータに基づいた効率的な管理や正確な炭素吸収量把握を可能にしていることを示しています。
先進技術活用のメリットと課題
森林におけるAI・リモートセンシング技術の活用は、多くのメリットをもたらす一方で、いくつかの課題も存在します。
メリット
- 広範囲・高頻度なモニタリング: 人手では困難な広範囲の森林を、比較的短いサイクルで繰り返し観測できます。
- データ取得の効率化とコスト削減: 長期的には、地上調査の負担を軽減し、データ取得コストを削減できる可能性があります。
- 精度向上: 適切な手法とAIモデルを用いることで、従来の集計方法よりも詳細かつ客観的なデータに基づく推定が可能になります。
- 労働力不足対策: 森林分野における労働力不足が進む中で、技術による効率化は喫緊の課題への対応策となります。
- 詳細な状況把握: 地上では見えにくい森林全体の構造や個々の樹木の状態を、3次元データなどから詳細に把握できます。
課題
- 初期コストと技術導入: 高度なセンサーやシステム、AI開発には相応の初期投資が必要です。
- 技術者の育成: データ解析やシステム運用には専門的な知識を持つ人材が必要です。
- データの標準化と相互運用性: 様々なセンサーや手法で取得されたデータの形式や精度にばらつきがあり、データ連携や比較のための標準化が求められます。
- 技術への過信: あくまで推定値であり、地上調査による検証やキャリブレーション(校正)が不可欠です。
- データの活用体制: 取得したデータを森林施業や政策決定、企業活動に効果的に活かすための体制構築が必要です。
これらの課題を克服するためには、技術開発に加え、データ共有プラットフォームの整備、人材育成、産学官連携による実証研究などが今後も重要となります。
企業CSRへの示唆
日本の森林における先進技術の活用は、企業のCSR活動においても多岐にわたる示唆を与えます。
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より正確な排出量報告と森林貢献の可視化: 自社が関与する森林(社有林、CSR活動で支援する森林など)の炭素吸収量を、先進技術を用いてより詳細かつ客観的に把握することで、信頼性の高い排出量報告やCSR報告書を作成できます。また、森林保全活動によるCO2吸収効果を具体的に数値で示すことが可能になり、活動のインパクトをステークホルダーに対して明確に伝えられます。
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森林関連プロジェクトへの投資判断: 森林クレジット購入や森林保全ファンドへの投資を検討する際、対象となる森林の現状や吸収ポテンシャルを、技術を用いて評価することが可能です。これにより、よりデータに基づいた賢明な投資判断を下すことができます。
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自社サプライチェーンにおける森林リスク評価: 木材など森林由来の原材料を調達する場合、リモートセンシングデータを用いて調達元の森林の状況(違法伐採リスク、森林破壊の進行度合いなど)をモニタリングすることが可能です。これは、サプライチェーンの透明性向上とデューデリジェンス実施に役立ちます。
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技術導入プロジェクトへの参画: 森林分野でのAI・リモートセンシング技術開発や実証実験への投資、あるいは自社の技術やノウハウを提供することで、社会全体の森林管理の高度化に貢献できます。これは、先進的でインパクトのあるCSR活動として位置づけられます。
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社有林の効率的な管理: 社有林を保有している企業は、これらの技術を導入することで、森林資源の正確な把握、施業計画の効率化、労働負荷軽減などを図りながら、炭素吸収機能や多面的機能の維持・向上を目指すことができます。
先進技術の活用は、単なるデータ取得の効率化に留まらず、企業の森林への関わり方をより戦略的で効果的なものに変える可能性を秘めています。
まとめと今後の展望
AIとリモートセンシング技術は、日本の森林管理と炭素吸収量把握に革命をもたらしつつあります。これらの技術を活用することで、広大で複雑な森林の状況をこれまで以上に詳細かつ効率的に把握し、炭素吸収量を高精度に推定することが可能になります。
技術の進化と普及は、企業がCSR活動を通じて森林の炭素吸収に貢献する機会を広げ、その効果をより明確に示すことを可能にします。正確なデータに基づく意思決定は、森林関連の投資やプロジェクトを成功させる鍵となるでしょう。
もちろん、技術導入・運用には課題も存在しますが、産学官連携による技術開発、データ標準化、人材育成が進むことで、これらの課題は克服されていくと期待されます。
企業のCSR担当者や環境問題に関心のあるビジネスパーソンの皆様にとって、これらの先進技術の動向を注視し、自社の活動にどのように活かせるかを検討することは、今後の脱炭素経営やサステナビリティ戦略を推進する上で、ますます重要になっていくと考えられます。日本の森林が持つ炭素吸収力を最大限に引き出し、その価値を社会全体で共有するために、先進技術への理解と活用が今後一層求められていくでしょう。