再生可能エネルギーとしての森林バイオマス:炭素吸収源保全との両立戦略
はじめに:森林バイオマス利用と森林吸収源の重要性
近年、脱炭素社会の実現に向けた動きが加速する中で、再生可能エネルギー源の一つとして森林バイオマスへの注目が高まっています。森林バイオマスは、適切に管理された森林から得られる木材などをエネルギーとして利用するもので、化石燃料に代わるカーボンニュートラルなエネルギー源として期待されています。
一方で、日本の森林は気候変動対策における重要な炭素吸収源としての役割を担っています。大気中の二酸化炭素(CO2)を吸収し、樹木や土壌に炭素として貯蔵する機能は、国の温室効果ガス削減目標達成に不可欠です。
企業が再生可能エネルギー戦略の一環として森林バイオマスの利用を検討する際、この森林の炭素吸収源機能との両立をどのように図るかは、CSR(企業の社会的責任)における重要な課題となります。単にエネルギーとして利用するだけでなく、その利用が森林の健全性や炭素吸収力にどのような影響を与えるかを理解し、持続可能な取り組みを進めることが求められています。
本記事では、森林バイオマスの利用拡大が進む中で、企業が森林の炭素吸収源保全との両立を図るための基本的な考え方や戦略について解説いたします。
森林バイオマスとは:エネルギー利用の現状と特性
森林バイオマスとは、森林に由来する有機物の総称であり、主に樹木そのもの(幹、枝、葉)や伐採時に発生する枝条、根、おがくず、樹皮などが含まれます。これらは、エネルギー利用の観点からは、直接燃焼による熱利用や発電、あるいはガス化・液化による燃料製造などに活用されます。
森林バイオマスのエネルギー利用は、以下の特性を持ちます。
- 再生可能エネルギー: 太陽の光エネルギーによって光合成が行われる限り、持続的に再生される資源です。
- カーボンニュートラル(理論上): 樹木が成長過程で吸収したCO2は、燃焼時に大気中に排出されますが、これは新たな樹木が吸収するCO2と相殺されると考えられています。ただし、伐採・運搬・加工・燃焼といったライフサイクル全体のCO2排出量(LCA: Life Cycle Assessment)を考慮する必要があります。
- 地域資源: 地域の森林から調達できるため、エネルギーの地産地消や地域経済の活性化に貢献する可能性があります。
- 未利用材の活用: 間伐材や林地残材など、これまで利用が進んでいなかった森林資源の有効活用につながります。
日本においては、主に木質チップや木質ペレットの形で利用されており、バイオマス発電所の燃料や、工場・施設のボイラー燃料、家庭用の暖房燃料などに活用されています。国のエネルギー基本計画においても、森林バイオマスは重要な再生可能エネルギー源として位置づけられています。
森林バイオマス利用における持続可能性の課題
森林バイオマスを持続可能な形でエネルギー利用するためには、いくつかの課題を克服する必要があります。
- 適正な森林管理の徹底: 過剰な伐採は森林の荒廃を招き、炭素吸収力の低下や土壌流出、生物多様性の損失につながります。エネルギー利用のための伐採は、森林経営計画に基づき、再造林や適切な手入れ(間伐など)とセットで行われる必要があります。
- 供給量の安定性: 天候や林業従事者の確保、路網整備の状況などにより、安定的な調達が難しい場合があります。
- コスト: 化石燃料と比較して、伐採、集材、運搬、加工といったコストが高くなる傾向があります。
- ライフサイクル全体のGHG排出量: 伐採や運搬、加工、燃焼といった各工程でエネルギー消費が発生し、GHGが排出されます。これらの排出量を正確に把握し、森林による吸収量とのバランスを評価することが重要です。特に、遠隔地からの輸送による排出量は無視できません。
これらの課題に対し、持続可能な森林バイオマス利用の国際的な原則では、「森林の炭素ストックを減少させないこと」「生物多様性を損なわないこと」「土壌や水資源を保全すること」「地域社会の権利を尊重すること」などが重視されています。
企業CSRにおける両立戦略:森林吸収源保全への貢献
企業が森林バイオマスを利用する際に、森林の炭素吸収源としての機能を損なわず、むしろ貢献していくための両立戦略は、CSR活動において重要な位置を占めます。以下に、企業が検討すべき主な戦略を示します。
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持続可能なサプライチェーン構築と情報開示:
- エネルギー利用する森林バイオマスの調達先を明確にし、その森林が持続可能な方法で管理されていることを確認します。信頼できる森林認証制度(例:FSC認証、PEFC認証など)を持つ森林からの調達を優先することが有効です。
- サプライチェーン全体(伐採、輸送、加工、燃焼)におけるGHG排出量を正確に算定し、可能な範囲で情報開示を行います。これにより、利用によるCO2排出量が森林による吸収量を上回っていないかを確認し、透明性を高めることができます。
- CSR報告書やサステナビリティレポートにおいて、森林バイオマス利用の取り組み、調達基準、GHG算定結果などを具体的に記載することは、ステークホルダーからの信頼を得る上で重要です。
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間伐材・林地残材等の未利用資源の優先活用:
- 新規の皆伐に頼るのではなく、適切な森林管理(間伐など)によって発生する未利用材を優先的に利用することで、森林の健全性を維持・向上させつつ、資源の有効活用を図ります。これにより、森林の炭素吸収力を維持・向上させることにも寄与できます。
- 地域で発生する未利用材の活用は、地域の林業振興や雇用創出にもつながり、地域経済の活性化というCSR効果も期待できます。
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森林管理への積極的な関与:
- 自社で森林を所有・管理するか、森林組合や林業事業体と連携し、適切な森林管理(植林、下刈り、間伐、作業道の整備など)に投資または参画することで、森林の炭素吸収力を維持・向上させる取り組みを直接的に支援します。
- 荒廃した森林の再生や広葉樹林化など、多様な生態系を育む森林づくりに貢献することも、生物多様性保全と炭素吸収源機能強化の両面から意義があります。
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技術開発・導入による効率化:
- 森林バイオマスの集材・運搬を効率化する技術や、燃焼効率を高める技術などを開発・導入することで、ライフサイクル全体のエネルギー消費とGHG排出量を削減します。
これらの戦略を組み合わせることで、企業は再生可能エネルギーとしての森林バイオマスを賢く利用しつつ、日本の森林が持つ炭素吸収源としての機能を未来にわたって維持・強化することに貢献できます。
関連政策と企業の活用可能性
日本政府は、地球温暖化対策計画やエネルギー基本計画の中で、森林吸収源の確保と再生可能エネルギーの導入拡大を重要な柱として位置づけています。森林バイオマスの活用促進と持続可能な森林管理の両面に対して、様々な政策的支援が行われています。
- 森林経営管理制度: 適切な管理が行われていない森林を市町村が仲介役となり、意欲と能力のある林業経営者に集積・集約化を推進する制度です。これにより、森林管理の効率化と質の向上が期待されます。
- 補助金制度: 間伐材の搬出や木質バイオマス発電施設の導入、木材製品の利用促進などに対して、国の補助金制度が設けられています。企業はこれらの制度を活用することで、初期投資や運用コストの負担を軽減できる可能性があります。
- J-クレジット制度: 適切な森林管理によるCO2吸収量の増加分をクレジットとして認証する制度です。企業は、自社の森林管理活動による吸収量をクレジット化したり、他の森林プロジェクトからクレジットを購入したりすることで、カーボンオフセットやCSR活動として活用できます。
企業はこれらの政策や制度を理解し、自社の森林バイオマス利用戦略や森林保全活動と連携させることで、より効果的かつ効率的な取り組みを進めることができます。
CSR報告における情報開示の重要性
持続可能な森林バイオマス利用への取り組みは、企業の環境側面における重要な情報開示項目となり得ます。特に、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)や自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)といった枠組みでは、サプライチェーンにおける森林関連のリスクや機会、そしてそれに対する企業の戦略や指標・目標の開示が求められています。
企業が森林バイオマスをエネルギーとして利用している場合、その調達方法の持続可能性、利用量、ライフサイクル全体のGHG排出量、そして森林の炭素吸収源保全への貢献(例:間伐材の利用促進による健全な森林育成への寄与など)について、定量的なデータや具体的な取り組み事例を含めて報告することが、ステークホルダーからの評価を高めることにつながります。
まとめ:両立への道筋
再生可能エネルギーとしての森林バイオマスは、脱炭素化に向けた有力な選択肢の一つですが、その利用にあたっては、森林の炭素吸収源としての重要な機能を損なわないよう、持続可能性を最優先に考慮する必要があります。
企業がこの両立を図るためには、単にエネルギーを調達するだけでなく、サプライチェーン全体での管理徹底、未利用材の優先活用、そして適切な森林管理への積極的な関与といった多角的な視点からの戦略が不可欠です。関連する国の政策や制度を賢く活用することも、取り組みを加速させる上で有効です。
持続可能な森林バイオマス利用と森林吸収源保全の両立は、気候変動対策への貢献だけでなく、生物多様性の保全、地域経済の活性化、そして企業のレジリエンス向上にもつながるCSR活動です。データに基づいた正確な状況把握と、透明性の高い情報開示を進めることで、企業は社会からの信頼を得ながら、持続可能な未来の実現に貢献していくことができるでしょう。