気候変動対策における森林吸収源の重要性:パリ協定・NDCと企業に求められる貢献
はじめに
現代社会が直面する喫緊の課題である気候変動問題。その解決に向けては、温室効果ガスの排出削減とともに、大気中の温室効果ガスを吸収・固定する「吸収源」の確保が不可欠です。特に森林は、陸上生態系最大の炭素吸収源として、その役割に世界的な注目が集まっています。
日本においても、国土の約3分の2を森林が占めており、その適切な管理と保全が気候変動対策において重要な位置を占めています。本稿では、気候変動対策における森林吸収源の重要性、国際的な枠組みであるパリ協定や日本の国別削減目標(NDC)における森林の位置づけ、そして企業の皆様がどのようにこの重要な課題に貢献できるのかについて、専門的かつ具体的な視点から解説いたします。
森林が果たす気候変動対策上の役割
森林は、光合成を通じて大気中の二酸化炭素(CO2)を吸収し、幹や枝、根、さらには土壌中に炭素として固定する機能を持っています。これにより、森林は気候変動の緩和に大きく貢献しています。また、森林が吸収・固定した炭素は、適切に管理された森林から生産される木材製品として利用されることで、長期にわたり炭素を貯蔵することが可能です。建築物や家具などに木材を利用し、伐採した跡地に再び植林を行うという持続可能な森林経営サイクルは、炭素固定に加えて、新たな森林によるCO2吸収を促進します。
さらに、森林は単なる炭素吸収源にとどまらず、生物多様性の保全、水源の涵養、土砂災害の防止、快適な環境の提供など、多面的な機能を有しています。これらの機能もまた、気候変動による影響(例:豪雨や干ばつ)に対する社会のレジリエンス(回復力)を高める上で重要です。
パリ協定・日本のNDCにおける森林吸収源の位置づけ
気候変動に関する国際的な枠組みであるパリ協定では、世界の平均気温上昇を産業革命前と比較して2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力を追求することが長期目標として掲げられています。この目標達成のためには、人為的な排出と吸収源による除去とのバランスを取る、いわゆる「カーボンニュートラル」や「ネットゼロ」の実現が必要です。
パリ協定の下では、各国が自国の温室効果ガス削減目標を「自国が決定する貢献(NDC)」として提出・更新することが求められています。多くの国がNDCにおいて、エネルギー転換や産業構造の変革による排出削減目標に加え、森林を含む土地利用、土地利用変化及び林業(LULUCF: Land Use, Land-Use Change and Forestry)分野における吸収源による貢献目標を掲げています。
日本のNDCにおいても、2030年度の温室効果ガス排出量を2013年度比で46%削減するという目標達成に向け、森林吸収源による貢献が重要な要素として位置づけられています。具体的には、適切な森林管理などを通じて、2030年度に約3,800万トンのCO2に相当する量を森林により吸収する目標が設定されています(2021年12月時点の最新情報に基づく)。この目標は、長期的な視点に立った国土における森林のあり方や、持続可能な森林経営の推進にかかっています。
企業に求められる貢献と具体的な方策
こうした国際的・国家的な目標の達成に向けて、企業の皆様が果たす役割は非常に大きいと言えます。企業の脱炭素経営やCSR活動の一環として、森林吸収源対策への貢献は、環境負荷低減だけでなく、企業価値向上、ステークホルダーからの信頼獲得、サプライチェーンにおけるレジリエンス強化など、多岐にわたるメリットをもたらします。
具体的な貢献の方策としては、以下のようなものが考えられます。
- 森林由来のJ-クレジット活用: 国が運営するJ-クレジット制度は、森林管理や植林活動によるCO2吸収量をクレジットとして認証するものです。企業は、このクレジットを購入することで、自社の排出量削減目標達成に貢献すると同時に、クレジットを生み出した森林所有者や地域経済を支援することができます。特に、国内の森林由来クレジットは、日本の森林保全に直接貢献できるという点で、地域貢献の側面も持ち合わせています。
- 自社林の所有・管理または森林保全活動への参画: 資金や人的資源を活用し、自社で森林を所有・管理したり、NPO/NGOや自治体、森林組合などが行う森林保全活動にパートナーとして参画したりすることも有効です。これにより、企業は自らの責任で森林を健全に維持し、吸収量を確保する活動に直接的に貢献できます。植樹イベントなどをCSR活動として実施し、社員の環境意識向上を図ることも可能です。
- サプライチェーンにおける森林認証材の利用促進: 製品の原材料として木材を利用している企業は、適切に管理された森林から生産されたことを証明する森林認証材(FSC認証やPEFC認証など)を優先的に利用することで、持続可能な森林経営を間接的に支援できます。これは、サプライチェーン全体での環境・社会配慮を推進する上でも重要です。
- 情報開示とコミュニケーション: 自社の森林関連の取り組み(J-クレジット購入、森林保全活動への参画、認証材利用など)によって、どの程度CO2吸収に貢献しているのか、またそれが生物多様性保全などの他の環境側面にもどう影響しているのかを、CSR報告書や統合報告書、ウェブサイトなどで積極的に開示することが求められています。TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)やTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)などのフレームワークに沿った開示を行うことで、投資家を含むステークホルダーからの評価向上にもつながります。
これらの取り組みを進めるにあたっては、信頼できるデータに基づき、貢献度を正確に把握し、効果的なコミュニケーションを行うことが重要です。日本の森林吸収量データに関する国の報告書や専門機関の情報を参照し、自社の活動が全体の中でどのような位置づけにあるのかを理解することが推奨されます。
まとめ
気候変動対策における森林吸収源の重要性は、パリ協定をはじめとする国際的な合意や、日本の国家目標においても明確に位置づけられています。森林は、単にCO2を吸収するだけでなく、生物多様性保全や防災など多岐にわたる機能を通じて、気候変動の影響に対する社会の適応にも貢献する重要なインフラです。
企業の皆様が、J-クレジットの活用、森林保全活動への参画、森林認証材の利用促進、情報開示などを通じて、積極的に森林吸収源対策に貢献することは、持続可能な社会の実現に向けた責任を果たすことであると同時に、企業自身のレジリエンス強化、ブランド価値向上、そして新たな事業機会の創出にもつながる戦略的な意義を持ちます。
「日本の森・吸収力レポート」では、今後も日本の森林の炭素吸収に関する最新データや関連する取り組みについて、専門的な情報を提供してまいります。企業の皆様のCSR戦略、事業継続計画、あるいは新たな投資判断の一助となれば幸いです。