日本の森・吸収力レポート

ESG投資と日本の森林:TCFD・TNFD時代の企業価値向上戦略

Tags: ESG投資, 森林保全, TCFD, TNFD, CSR, 企業戦略, 炭素吸収, サプライチェーン

はじめに:高まるESG投資と森林の重要性

近年、企業の長期的な成長性を評価する上で、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の3つの要素を考慮するESG投資の重要性が急速に高まっています。投資家は、企業の財務情報だけでなく、気候変動への対応、生物多様性の保全、人権尊重、ガバナンス体制といった非財務情報にも注目し、投資判断を行う傾向が強まっています。

このような状況において、日本の森林が持つ多面的な機能、特に炭素吸収源としての役割や生物多様性の宝庫としての側面は、企業のESG戦略において見過ごせない要素となっています。特に、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)や自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)といった新たな情報開示フレームワークが登場する中で、企業は自社の事業活動と自然環境、中でも森林との関連性をより深く理解し、情報開示に繋げることが求められています。

本稿では、ESG投資における森林の位置づけ、TCFD・TNFDにおける森林関連のリスクと機会、そして企業が取り組むべき森林に関する戦略について解説します。

ESG投資における森林の位置づけ

森林はESGの各要素に深く関わっています。

環境(Environment)要素としての森林

森林は、光合成によって大気中の二酸化炭素(CO2)を吸収し、幹や枝、根、土壌に炭素として蓄積する重要な役割を果たします。これは気候変動緩和において極めて重要であり、日本の森林も国の温室効果ガス排出削減目標達成に貢献しています。また、森林は多様な生物の生息・生育環境であり、生物多様性の保全においても中心的な役割を担います。水源涵養機能、土砂災害防止機能なども含め、森林は健全な自然環境の維持に不可欠な存在です。企業は、森林の保全や適切な管理に貢献することで、気候変動対策、生物多様性保全、水資源の確保といったE要素への貢献を示すことができます。

社会(Social)要素としての森林

森林は、林業をはじめとする地域産業を支え、雇用を生み出す源泉です。また、森林は地域社会の文化や伝統とも深く結びついています。適切な森林管理は、地域経済の活性化や持続可能な社会の実現に貢献します。企業が地域の森林保全活動を支援したり、地域産材の利用を促進したりすることは、S要素への貢献となります。

ガバナンス(Governance)要素としての森林

企業のサプライチェーンにおいて、原材料として木材やパルプなどを調達する場合、森林の持続可能性を確保することは重要な課題となります。違法伐採された木材や、森林破壊に繋がるような原料調達は、企業のレピュテーションリスクとなり、ガバナンスの観点からも問題視されます。森林認証制度などを活用し、トレーサビリティを確保することは、健全なガバナンス体制を示す上で重要です。

TCFDと森林関連のリスク・機会

TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)は、企業に気候変動が事業に与えるリスクと機会に関する財務情報の開示を推奨しています。森林は気候変動に密接に関連しており、TCFDフレームワークにおいても考慮すべき要素です。

物理的リスク

気候変動の進行は、森林に様々な物理的リスクをもたらします。例えば、長期的な乾燥による山火事の発生リスク増加、病害虫の異常発生、極端な気象現象(台風、豪雨)による倒木や土砂崩れなどが挙げられます。これらのリスクは、林業や木材関連事業に直接的な影響を与えるだけでなく、森林のCO2吸収源としての機能を低下させ、企業の排出量算定やオフセット戦略にも影響を及ぼす可能性があります。

移行リスク

気候変動対策に関連する政策や市場の変化も、森林に影響を与えます。炭素価格制度の導入、森林保護に関する規制強化、持続可能な木材製品への消費者意識の高まりなどが考えられます。これらの変化は、企業のサプライチェーンにおける調達コスト増や、新しい事業機会(例:J-クレジット等の森林由来クレジット活用)に繋がる可能性があります。

機会

一方で、気候変動対策は森林に関連する新たな機会も生み出します。適切な森林管理によるCO2吸収量の増加は、カーボンオフセットとしての価値を持つ可能性があり(例:J-クレジット制度)、企業の脱炭素目標達成に貢献できます。また、持続可能な森林経営から生産される木材製品への需要増加、森林を活かした観光や地域振興なども新たな事業機会となり得ます。

企業は、これらの物理的リスク、移行リスク、そして機会を特定し、評価し、財務的な影響を分析した上で、その内容をTCFDに沿って開示することが求められています。

TNFDと自然関連のリスク・機会

TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)は、TCFDと同様に、企業が自然資本(森林、水資源、生物多様性など)に関連するリスクと機会を特定・評価し、財務的な観点から開示することを推奨しています。森林は自然資本の中核をなす要素であり、TNFDフレームワークにおいて極めて重要視されています。

TNFDは、「自然への依存」と「自然への影響」の両面からリスクと機会を評価するアプローチをとります。企業活動が森林生態系にどのように依存しているか(例:原材料としての木材、水源涵養機能への依存)を理解し、同時に企業活動が森林生態系にどのような影響を与えているか(例:森林破壊、汚染)を評価します。

TNFDに沿った開示では、企業が森林を含む自然資本に与える影響(ネガティブ・ポジティブ)、そして自然資本の変化が企業に与えるリスクと機会について、戦略、ガバナンス、リスク管理、指標・目標といった要素に沿って情報を提供することが求められます。これは、企業の事業活動全体を俯瞰し、サプライチェーンを含む自然との関係性を深く分析することを意味します。

企業が取り組むべき森林戦略:投資・活動・開示

ESG投資家への対応、TCFD・TNFDへの開示、そして企業価値の向上を図る上で、企業は森林に対して戦略的に関与していくことが重要です。具体的な取り組みの方向性として、以下のような点が挙げられます。

  1. 森林保全・再生への投資:

    • 国内外での森林保全プロジェクトへの資金提供や協働。
    • 自社またはグループ会社所有林における持続可能な森林経営の推進。
    • 地域社会と連携した植林・育林活動への参加。
    • 企業の森など、社員参加型の森林づくり活動の実施。
    • これらの活動は、炭素吸収量増加、生物多様性保全に貢献し、E要素への貢献として外部に示すことができます。
  2. サプライチェーンにおける森林関連リスクの管理:

    • 使用する木材・紙製品などの原材料について、違法伐採や森林破壊に関与していないことを確認するトレーサビリティシステムの構築。
    • FSC認証やPEFC認証といった森林認証材の優先的な調達。
    • サプライヤーへの働きかけやエンゲージメントを通じた持続可能な調達方針の浸透。
    • これはG要素、S要素、そしてTNFDで求められるサプライチェーン上のリスク管理に直結します。
  3. 持続可能な森林由来製品・サービスの開発・利用:

    • 木材を活用した製品開発(例:木造建築へのシフト、木質バイオマス利用)。
    • 森林が持つ多様な機能(景観、レクリエーション、森林療法など)を活かした新規事業の検討。
    • これらの取り組みは、環境負荷低減に繋がる製品・サービスとして、E要素への貢献を示すとともに、新たな市場機会を捉えることになります。
  4. 森林関連情報の開示(TCFD/TNFD対応):

    • 自社の事業活動が日本の森林を含む自然に与える影響、そして自然の変化が事業に与えるリスクと機会について分析し、財務情報と関連付けて開示する。
    • 特にサプライチェーン全体における森林関連のリスクと機会の評価は、TNFD対応において重要です。
    • 企業の森林保全活動による炭素吸収貢献量や生物多様性への貢献などを定量的に示し、報告書等で公表する。

結論:森林への戦略的関与が企業価値向上へ

ESG投資が主流となる中で、企業が森林に対して戦略的に関与することは、単なる社会貢献活動に留まらず、企業価値の向上に不可欠な要素となりつつあります。日本の森林は、気候変動対策、生物多様性保全、地域社会の維持など、多岐にわたる課題の解決に貢献するポテンシャルを持っています。

TCFDやTNFDといった開示フレームワークへの対応は、企業が自社の事業と自然環境との関係性を深く見つめ直し、潜在的なリスクを管理し、新たな機会を捉えるための強力な推進力となります。データに基づいた森林の炭素吸収量の評価、具体的な保全・活用事例の共有、そして関連政策の理解は、企業が効果的な森林戦略を立案・実行し、それをステークホルダーに適切に伝える上で重要な情報となります。

日本の豊かな森林を未来世代に引き継ぎながら、それを企業の持続可能な成長に繋げていくために、積極的かつ戦略的な森林への関与が今、企業に求められています。