CSR報告書における森林関連情報の開示トレンド:求められる内容と実践ポイント
CSR報告書における森林関連情報開示の重要性
近年、企業の非財務情報開示への要求は高まる一方です。特に気候変動対策や生物多様性保全への関心の高まりとともに、サプライチェーンを含めた企業活動と森林との関連性に関する情報開示の重要性が増しています。
森林は炭素吸収源としての機能に加え、生物多様性の保全、水源涵養、土砂災害防止など、多岐にわたる生態系サービスを提供しています。企業の事業活動がこれらの森林機能に与える影響、あるいは森林保全への貢献といった情報は、投資家や顧客、地域社会といった多様なステークホルダーが企業の持続可能性や社会的責任を評価する上で不可欠な要素となりつつあります。
CSR担当者の皆様にとって、自社の活動が森林に与える影響を正確に把握し、そのリスクと機会、そして取り組み内容を適切に開示することは、透明性の向上、企業価値の向上、そしてステークホルダーからの信頼獲得に繋がります。
国内外の開示フレームワークと森林関連情報
企業の非財務情報開示に関する主要なフレームワークにおいて、森林に関連する情報の開示が推奨、あるいは求められるケースが増えています。
- TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース): 土地利用の変化、森林減少といったテーマは、気候変動による物理的リスクや移行リスクとして関連付けられます。企業はこれらのリスクが事業に与える財務的影響を評価し、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標・目標といった要素について開示することが推奨されています。森林関連のリスク(例:サプライチェーンにおける違法伐採、火災リスク増大)や機会(例:持続可能な森林経営、バイオマス利用)について、具体的にどのように経営戦略に組み込んでいるかを開示することが求められます。
- TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース): 自然資本と生態系サービスに焦点を当てたフレームワークであり、森林は中核的な要素です。企業は、事業活動による自然への依存と影響を評価し、それらがもたらすリスクと機会を特定・開示することが求められます。森林生態系の健全性への影響や、生物多様性、水源涵養といった森林の提供する生態系サービスへの依存に関する開示が重要となります。
- GRI(Global Reporting Initiative)スタンダード: 経済、環境、社会の幅広い側面に関する情報開示を網羅しており、「GRI 304 生物多様性」「GRI 306 排水及び廃棄物」「GRI 416 顧客の健康及び安全」など、複数のスタンダードにおいて森林に関連する影響(例:原材料調達における森林破壊リスク、生物多様性への影響)に関する開示項目が含まれています。
- SASB(Sustainability Accounting Standards Board)スタンダード: 産業ごとの特性に合わせた開示項目を提供しており、林業や紙パルプ、食品といった森林と関連性の高い産業分野では、森林管理方法、認証取得状況、森林破壊ゼロへのコミットメントなど、具体的な指標に基づく開示が求められます。
これらのフレームワークは相互に関連しており、特にTCFDからTNFDへの流れは、気候変動のみならず、より広範な自然資本・生物多様性への影響評価と開示の重要性を示しています。
開示すべき具体的な森林関連情報項目
CSR報告書において、ターゲット読者(CSR担当者、投資家など)が関心を持つと考えられる具体的な森林関連情報項目には、以下のようなものがあります。
- 企業活動と森林の関係性:
- 原材料調達(木材、パルプ、パーム油など)における森林依存度と主要な調達地域。
- 事業所や土地利用が周囲の森林に与える影響。
- サプライチェーンにおける森林関連リスクの特定プロセス。
- リスクと機会の評価:
- 気候変動に起因する森林火災、病虫害、生育不良などの物理的リスク。
- 森林関連規制強化、評判リスク、市場変化などの移行リスク。
- 持続可能な森林経営、森林由来製品の開発、J-クレジット等の活用による機会。
- これらのリスク・機会が事業戦略や財務に与える影響評価。
- 森林保全・管理に関する取り組み:
- 森林認証材(FSC、PEFCなど)の調達方針と実績。
- 違法伐採対策、森林破壊ゼロへのコミットメント。
- 自社有林の管理方針、または社外の森林保全活動への支援・参画(植林、間伐、林道整備など)。
- 地域社会やNPO/NGOとの連携による森林保全活動。
- 生物多様性保全に配慮した取り組み。
- 目標設定と進捗状況:
- 森林関連のリスク削減、認証材利用率向上、カーボンニュートラル達成に向けた森林吸収源の活用など、具体的な目標とその設定根拠。
- 目標に対する進捗状況の報告。
- データに基づく開示:
- 自社が管理・保有する森林面積、樹種、林齢構成など(データが取得可能な場合)。
- 自社が参画する森林吸収源プロジェクト(J-クレジット等)による吸収量(検証済みのデータ)。
- 木材製品の利用による炭素貯蔵量(算定方法とともに)。
- サプライチェーンにおける森林破壊由来のリスクに曝される原材料の量や割合。
- 地域社会への貢献:
- 森林保全活動を通じた地域経済への貢献、雇用創出、交流活性化などの定性・定量情報。
信頼性の高い開示に向けた実践ポイント
ステークホルダーからの信頼を得るためには、開示する情報の信頼性が極めて重要です。
- 情報源の明確化: 開示しているデータや数値の出典(例:林野庁統計、専門機関の調査報告書、社内データなど)を明記します。
- 算定方法の説明: 炭素吸収量や炭素貯蔵量などを算定している場合は、その方法論(例:国のガイドラインに基づく方法、J-クレジット制度の方法論など)を具体的に説明します。これにより、開示された数値の根拠が明確になります。
- 第三者保証・検証: 特にカーボンオフセットに用いる吸収量データなど、重要な情報については、信頼できる第三者機関による保証や検証を受けることが推奨されます。これにより、情報の客観性と信頼性が向上します。
- 定量的・定性情報のバランス: 数値データだけでなく、具体的な取り組み内容、活動の背景にあるストーリー、地域社会との連携状況など、定性的な情報も併せて開示することで、取り組みの実態や意義が伝わりやすくなります。
- 継続的な情報収集と改善: 森林関連の情報開示に関する国内外の動向は常に変化しています。最新の開示フレームワークやガイドラインを参照し、自社の情報収集体制や開示内容を継続的に見直すことが重要です。
今後の展望と企業への示唆
森林関連情報の開示は、単なる規制対応や形式的な報告に留まりません。これは、企業が自社の事業と自然環境との関わりを深く理解し、持続可能なビジネスモデルを構築するための一環です。
TNFDなどの新しいフレームワークへの対応が求められる中で、企業はサプライチェーン全体における自然関連のリスク・機会をより詳細に評価・開示する必要が生じてくるでしょう。日本の森林が持つ炭素吸収機能だけでなく、豊かな生物多様性や生態系サービスへの貢献についても、企業活動との関連性を明確にして開示することが、今後のトレンドとなる可能性があります。
積極的に正確な情報を開示することは、投資家からの評価を高め、資金調達を有利に進めるだけでなく、従業員のエンゲージメント向上や消費者からの支持獲得にも繋がります。CSR担当者の皆様には、これらの開示要求をビジネスチャンスと捉え、自社の森林に関する取り組みと開示内容を戦略的に検討されることを推奨いたします。