企業のカーボンニュートラル目標達成と日本の森林吸収源:戦略的活用と実践への示唆
企業におけるカーボンニュートラル目標達成の重要性と森林吸収源の位置づけ
近年、多くの企業がサプライチェーン全体での温室効果ガス(GHG)排出量削減、さらにはカーボンニュートラルやネットゼロといった野心的な目標を設定しています。これは、気候変動への対応が社会的な要請であるだけでなく、企業の持続可能性や競争力を左右する重要な経営課題となっているためです。
カーボンニュートラルとは、人為的なGHGの排出量と吸収量を全体としてゼロにすることを指します。この目標達成には、徹底した排出量削減が不可欠ですが、どうしても削減しきれない排出量(残余排出量)に対しては、森林などによる吸収やCCS(二酸化炭素回収・貯留)といった対策が必要となります。
日本の国土面積の約7割を占める森林は、光合成によって大気中の二酸化炭素(CO2)を吸収し、炭素として蓄積する重要な役割を担っています。国のGHG排出量報告においても、森林によるCO2吸収量(森林吸収源)は排出量の相殺(オフセット)に貢献する要素として計上されています。企業がカーボンニュートラル目標を目指す上で、この森林吸収源をどのように理解し、戦略的に活用していくかは、効果的な対策を講じる上で重要な視点となります。
企業のGHG排出量算定と森林吸収源
企業が自社のGHG排出量を算定・報告する際、一般的にはScope 1(自社の事業活動における直接排出)、Scope 2(自社が購入した電気・熱の使用に伴う間接排出)、Scope 3(サプライチェーンにおける間接排出)に分類されます。
森林によるCO2吸収量は、企業自身の事業活動に伴う「排出」とは性質が異なります。しかし、企業が自社で所有・管理する森林から発生する吸収量は、算定基準によってはScope 1の排出量と相殺して報告される場合があります。また、社外の森林における活動支援などを通じて得られる吸収量(クレジットなど)は、直接的な排出量削減努力を行った上で、残余排出量をオフセットするために活用されるのが一般的です。
CSR担当者にとっては、自社の排出量算定・報告の枠組みにおいて、森林吸収源がどのように位置づけられ、どのような形で貢献しうるのかを正確に理解することが、報告の透明性向上や目標達成戦略の明確化につながります。
森林吸収源活用の戦略的意義:単なるオフセットを超えて
森林吸収源の活用は、単にカーボンニュートラル目標達成のための「オフセット手段」と捉えるだけでなく、企業価値向上に資する多面的な意義を持っています。
- 企業イメージ向上とステークホルダーエンゲージメント: 森林保全や適正な森林管理への貢献は、環境意識の高い消費者や投資家からの評価を高めます。また、従業員参加型の森林保全活動などは、従業員のエンゲージメント向上にもつながります。
- サプライチェーン強靭化とリスク低減: 適切な森林管理は、木材などの森林由来資源の持続可能な調達を可能にし、サプライチェーンにおける将来的な供給リスクを低減します。
- 地域社会への貢献と共存: 森林は水源涵養、土砂災害防止、生物多様性保全など、多面的な機能を持っています。森林保全への貢献は、これらの機能維持を通じて地域社会の持続可能性に寄与し、企業と地域の良好な関係構築に役立ちます。
- 新たな事業機会の創出: 森林資源を活用したバイオマス発電や木質建材の利用促進など、森林に関連する事業は新たな収益源となる可能性があります。
これらの視点から、森林吸収源への貢献を単なる「費用」ではなく、企業経営全体の戦略的な「投資」として位置づけることが重要です。
具体的な森林吸収源の活用方法と企業の実践
企業が森林吸収源に貢献し、カーボンニュートラル目標達成に結びつけるための具体的なアプローチにはいくつかの方法があります。
- 自社所有林・社有地での森林管理:
- 自社で所有する森林や、工場・施設の敷地内緑地などを適切に管理し、CO2吸収能力を維持・向上させる。
- 間伐や植林など、森林の健全性を保つための活動を実施する。
- これらの活動によるCO2吸収量を算定・報告する。
- 社外の森林における活動支援:
- J-クレジット制度の活用: 国内の森林管理活動によるCO2吸収量をクレジットとして認証するJ-クレジット制度を活用し、クレジットを購入することで排出量をオフセットする。これにより、資金が森林所有者等に還元され、森林管理の促進につながります。
- 森林保全プロジェクトへの資金提供や参加: 特定の地域や森林で行われている植林、間伐、森林整備などのプロジェクトに資金を提供したり、従業員がボランティアとして参加したりする。
- 企業版ふるさと納税の活用: 地方自治体が実施する森林関連プロジェクトに対し、企業版ふるさと納税を通じて資金を寄付する。
- サプライチェーンにおける貢献:
- 調達する木材製品などに森林認証材(FSC認証やPEFC認証など)を積極的に利用する。これにより、持続可能な森林経営を支援し、サプライチェーン全体での森林の健全性維持に貢献する。
- 自社の事業活動による土地利用変化(例:開発による森林破壊)がサプライチェーン全体に与える影響を把握し、削減策を講じる。
これらの活動は、単独で行うだけでなく、複数のアプローチを組み合わせることで、より大きな効果と多様なステークホルダーとの連携を生み出すことができます。
国の政策・支援制度との連携
日本の森林吸収源対策は、国の政策と密接に連携しています。企業が森林吸収源に貢献する際には、関連する国の制度や支援策を活用することが効果的です。
- 森林経営管理制度: 適切な森林経営が行われていない森林について、市町村が仲介役となり、意欲と能力のある林業経営者に委託する制度です。企業が森林経営委託先と連携したり、地域協議会に参加したりする形で関わる可能性が考えられます。
- 森林環境税・森林環境譲与税: 国民一人ひとりが負担する森林環境税を財源として、市町村や都道府県に譲与される森林環境譲与税を活用した森林整備等が全国で行われています。企業は、自治体がこの譲与税を活用して実施するプロジェクトへの参加や連携を検討できます。
- 各種補助金・交付金: 林野庁や地方自治体では、森林整備や木材利用に関する様々な補助金制度を提供しています。これらの制度は主に森林所有者や林業事業体が対象となりますが、企業がこれらの主体と連携してプロジェクトを実施する際に活用できる場合があります。
- J-クレジット制度: 前述の通り、この制度は森林吸収源への貢献をクレジット化し、企業のオフセットやCSR活動に活用できる国の仕組みです。
これらの制度について最新情報を収集し、自社の活動と連携できる可能性を検討することは、効率的かつ効果的な取り組みを進める上で重要です。林野庁や環境省、自治体のウェブサイトなどで情報が公開されています。
課題と留意点
森林吸収源の活用は有力なカーボンニュートラル戦略の一つですが、いくつかの課題と留意点があります。
- 吸収量の算定と信頼性: 森林によるCO2吸収量は、森林の種類、年齢、管理状況、気候条件などによって変動します。また、伐採や森林火災などが発生すると、蓄積された炭素が大気中に放出されるリスクもあります。吸収量の算定には専門的な知識が必要であり、その信頼性や透明性をどのように確保するかが重要です。J-クレジット制度など、信頼できる第三者認証の仕組みを活用することが推奨されます。
- 永続性と持続可能性: 森林による炭素蓄積は、森林が健全な状態を維持される限り継続します。企業が森林吸収源への貢献を通じてカーボンニュートラルを目指す場合、その貢献が長期的に持続可能であるか、永続性が担保される仕組み(例:適切な森林管理計画、保険、モニタリング)になっているかを確認する必要があります。
- グリーンウォッシュリスク: 見かけだけの森林関連活動で、実質的な排出量削減努力を伴わない場合、「グリーンウォッシュ」と見なされるリスクがあります。森林吸収源の活用は、まず自社の事業活動における徹底的な排出量削減(Scope 1, 2, 3)を行った上で、補完的な手段として位置づけるべきです。活動内容やCO2削減・吸収効果について、正確かつ透明性のある情報開示が求められます。
まとめ:戦略的な森林吸収源活用に向けて
カーボンニュートラル目標の達成は、企業にとって喫緊の課題です。日本の森林が持つCO2吸収能力は、この目標達成に貢献しうる重要な要素です。CSR担当者は、森林吸収源を単なるオフセット手段としてではなく、自社の排出量削減戦略全体の中で、企業価値向上、ステークホルダー連携、地域貢献といった多面的な意義を持つ戦略的な取り組みとして位置づけることが重要です。
自社林の管理強化、J-クレジットの活用、森林保全プロジェクトへの参画、森林認証材の利用促進など、多様なアプローチを検討し、国の政策や支援制度も活用しながら、実効性のある活動を推進していくことが求められます。同時に、吸収量算定の信頼性確保やグリーンウォッシュリスクへの配慮も欠かせません。
本記事が、企業のカーボンニュートラル戦略における森林吸収源の理解を深め、具体的な行動を検討する一助となれば幸いです。